まずは初級コースです。上部の黒い点をぼんやりと見つめてください。 次に、それよりもほんの少し手前で目の焦点を結んでみましょう(つまり少し寄り目状態にします)。すると、黒い点が三つに見えてくる時があります。 その三つの点の真ん中をしばらく見続けて、その状態を保ったまま画面の中央に目を移すと、大きなおっぱいが浮き出てきます。 
なかなかできない人は、自分の目の前に人差し指を立てて、寄り目が作れるようになってから、再挑戦してみましょう。 今日見えなくても、心配いりません。 根気強くやりましょう。 慣れてきたら画面から顔を遠ざけたり、左右・上下に揺らしたりしてみましょう。 おっぱいが突き出てきたり、左右・上下に揺れたりしますよ。
このように対象の画像よりも少し手前に焦点を合わせて立体視する方法を交差法といいます。 さあ、それではこの感動を忘れずに、次に挑戦!



次は中級コースです。 こちらは平行法で作成した3Dステレオグラムです。 立体視を楽しむためには、平行法というもう一つの方法があるので是非マスターしましょう。 やり方は同じで、上部の黒い点をぼんやりと見ていて黒い点が三つに見えてきたら、中央に視線を移すと、凹んだ幸福の四つ葉のクローバーが見えてきます(→このように)。 これが見える状態は、画像よりも向こう側で焦点が合っているので平行法といいます。
幸福というものはいつも私たちのそばにあるのに、焦点が合わせられないために気づかないだけなんです。 誰でも見えている平面の画像を、私たちの日常(現実)だとすると、立体的に見えてきた光景が分身主義の見ている光景です。 私たちは今まで日常の中で、束の間の幸福を継ぎ足し継ぎ足ししながら生きていました。 それは優越感というまやかしの幸福です。 何が起こっても決して壊れない幸福を、あなたも手にしてください。 分身主義こそ、今までの焦点を変えることで見つけた本当の幸福です。




それでは、上級コースです。 同じ方法で、黒い点が三つに見えてきたら、三つの点の真ん中をしばらく見てから画面の中央に目を移すと、分身主義という文字が浮き出てきます(→このように)。 細い字なのでちょっとわかりづらいかも。根気強くやってみてください。
何も見えていない平面の画像が、ちょうど今の私たちを取り巻く環境、つまり個人主義的な現実です。 分身主義が見ている光景は、今、私たちのいる個人主義的環境の視点では決して見えません。 焦点を変えなければ見えないんです。 見えていない人と話をしても、分身主義が見ている光景を信じてもらえず、どうしても分身主義の真髄を伝えられません。 それが見える人は真の科学の視点を持てた人だけです。 と言っても、科学者と言われる人が真の科学の視点を持っているとも限りません。 真の科学の視点とは、自然界中心に物事を解釈しようとする視点ですが、例えば医学は人間中心なので、あまり科学的とは言えませんし、生物学などでも、とても科学的とは思えない解釈がなされて平気でいます。 
立体画像は、一度、見えるようになったら、次回からは簡単に見えるようになりますが、分身主義も、一度、感動を味わった人間なら、次回からは簡単に焦点を合わせることができるようになるんですよ。




いかがでしたか? 立体視は成功しましたか? 今日できなくても心配はいりません。 焦らず、力み過ぎずに、根気強く続けてみましょう。 なかなか見えない人ほど、見えた時の感動は大きいです。 でも、一度立体画像が見れるようになると、黒い点の助けも借りずに、いつでも簡単に自分の目を立体視の状態に持っていけるようになります。 分身主義も同じです。 その光景を感動を持って眺められるようになるまでは努力と根気が必要ですが、一度見れるようになると、いつでもどこでもその視点が作れるようになります。 その視点が世界平和と人類の幸福に必要な視点なんです。

誰もが見えている平面の画像を私たちの現実とすると、それは自己中心 (もう少し視野を広めてもせいぜい人間中心) の視点です。 今の私たちは、自分や自分たちに焦点を合わせた世界しか見えないんです。 その世界観の中で法律が作られたり、政治が行われたりしています。 その世界観の中で私たちの価値観は作られ、日常の行動が決定させられています。 テレビなんかでも、時々、人々を感動させるようなコメントやフレーズを聞くことがありますが、分身主義の視点から見れば、それらの言葉は、世界平和と人類の幸福とは逆行すると感じることがたくさんあります。 それでも、彼らの言葉が人々を感動させる理由は、今の私たちを取り巻く環境が、自分中心の波長だけが同調するような環境だからです。

それに対して分身主義の視点は自然界中心の視点です。 自然界中心の視点とは、真の科学の視点であり、それは宇宙に焦点が合っている状態です。 その視点から見たら、現在の法律も、政治も、価値観も、そして日常の行動も、人々を感動させるようなコメントやフレーズさえも、ずいぶんと貧弱で、ずいぶんと問題点があることに気づかされます。 有識者と言われているような人たちまで、ずいぶんと問題ある発言をしているのに、誰もそのことに違和感を感じていない様子です。
科学時代を生きる私たちは、どちらの世界にも焦点を合わせられるようになった方がいいに決まっています。

ところで、真の科学は、人間は幻想の中でしか生きれないということを教えてくれています。 それが脳を持った人間の宿命です。 もちろん、この3Dの平面画像も立体画像も、あなたの視覚が、あなたの脳に浮かび上がらせている幻想(=錯覚)に過ぎません。 つまり、人間は幻想の中で意識し、幻想の中で想像し、幻想の中で何かを考えたりしていたわけです。 と言うより、意識したり想像したり考えたりしていること自体が、その人の幻想(=錯覚)だったわけです。  それは私たちの脳を取り巻く環境によって浮かび上がらせ・られている幻想です。

私たちの脳の中には神経細胞というものがギッシリとつまっていて、それが記憶という特性を持っていることはほとんどの人が知っていますが、記憶とは反応の道が作られることなんです。 その反応の道を作るものは、その脳を取り巻く環境 (遺伝も環境の一つ) からの刺激です。
環境からの刺激によって反応の道(=記憶)が作られた脳に、再び環境からの刺激が入力されれば、その人の反応の道に沿った反応が引き起こされます。 それが幻想(意識、想像、思考‥‥など)というものなんです。 そのことを先程、「私たちの脳を取り巻く環境によって浮かび上がらせ・られている幻想」 と説明したんです。

そして、その浮かび上がらせ・られた幻想に基づいて私たちは行動を取らされています。 と言うことは、私たちはみんな環境に動かされていた媒体だったわけです。
もし、あなたが、現代科学の解明しているものを知る努力をし、それを真の科学の視点で受け入れようとしてくださるなら、この意味をわかっていただけるはずです。
えっ? わかりたくもないって? やれやれ、あなたはかなり自分中心の環境に洗脳されてしまっていますね。 凝り固まった視点は、まるで、自己中心教とでもいうカルト教団にはまってしまっているかのようですよ。 でも、他の宗教も、人間中心 (特に個人救済が目的) に考えられたものなので、その意味では同じようなものなんですが‥‥。

人類が分身主義を自分たちのものにできない限り、世界は決して平和にはならないし、私たちは決して幸福にはなれません。 どんなに努力をしても‥‥です。 
えっ? それでも一向に構わないって? おやおや、あなたはずいぶんと自己中心教に救済され、ずいぶんと高い報酬を貰い受けてきた方のようですね。 だけど、そんなにふて腐れないで聞いてください。 あなたはその救済と報酬がいつまで持続するとお思いですか? 限界に来ていることに、まだお気づきにならないですか?

私は生まれてこの方、一切の悪事を働いたことも、悪い感情を抱いたこともない」 と自信を持って言い切れる人が一人でもいるでしょうか? 一人の人を愛する行為ですら、差別したり、奪ったりする行為とは無縁ではありません。 平和や幸福のための行為ですら、人を憎んだり、人を批判したり、人を攻撃したりする行為と無縁ではありません。 善と悪とは表裏一体なわけです。 その意味で、この人間社会は、まるで悪人同士がお互いを裁き合っているような状態だったんです。 そう、お互いに自分を棚に上げてね。 あなたはずっと前から、もうそのことを感づいていたはずです。 理想を抱いた偉い方々や立派な宗教家が、時々、マスコミに吊るし上げられることがありますが、どんな善行でも見方を変えれば悪行に転じるといういい例です。

今、「人間社会は悪人の集まり」 だと書きましたが、悪人と言っても、実は、この環境の中から浮かび上がらせ・られた幻想に踊らされていただけだったわけです。 それは、平和や幸福のために努力をする人たちであっても、 この環境の中から浮かび上がらせ・られた幻想に踊らされていただけだった、という意味からいうと全く同じことです。

遠い昔、人類の脳は他の動物と違ってどんどん肥大し、いつの間にか、自分の脳の中を見る脳ができました。 人間に自意識が生まれた瞬間です。 人類が自意識を持つことで、今では私たちを取り巻く環境は、人工衛星やロケットが飛ぶような科学的な環境になりました。 しかし、分身主義は、自意識を持った自分を意識するという、もう一歩先の状態です。 自意識が環境によって作られていたものに過ぎなかったことを意識する状態です。 それは一人の悪人はみんなに作られていることを知った状態なので、決して一人を裁くようなことはしません。 自分を棚に上げるような愚かなマネはしないんです。
人類がもう一歩先に進むことで、私たちを取り巻く環境は、新しい環境に移行されます。 それは、人工衛星やロケットを飛ばせるだけでなく、争いや犯罪とも無縁の、平和で幸福な世界を作ってくれます。 それが、先程、「人類が分身主義を自分たちのものにできない限り、世界は決して平和にはならないし、私たちは決して幸福にはならない」 と書いた理由です。

真の科学の視点を持てるようになり、宇宙に焦点を合わせられるようになり、そして分身主義の見えている光景が見えるようになった瞬間、私たちはこの宇宙の全てのものと一体になります。 それは、「自分はこの宇宙の部分であり同時に全体である」 とリアリティーを持って感じる瞬間です。 あなたの前には、今までとは全く違った感動的な光景が広がっているはずです。 そして、そこから導かれるあなたの行動は、世界中の人のための行動‥‥つまり、それこそ自分にとっての、本当の幸福のための行動ということになります。 もちろん、その行動が、嫌でも世界を平和にしてしまうのは言うまでもありません。

3Dを使って分身主義を語らせていただいた理由は、まずは、今、あなたに見えている世界(=幻想)だけが全てではないことをわかっていただきたかったからです。 あなたは今、あなたを取り巻く環境によってあなたの脳に浮かび上がらせ・られた世界を見ているに過ぎないんです。 そして、あなたには見えていない世界があることを知っていただきたかったからです。 そして、この分身主義の見ている美しい光景を、感動を持って眺められるようになって欲しいんです。 そういう人が世界中に増えて、やがて全ての人がそのような視点を作れるようになった時、私たちは決して壊れることのない幸福を手にしています。 それを永遠の命と言い換えてもいいかもしれません。 私たちのこの肉体は仮の姿に過ぎなくて、実は私たち一人ひとりは全体の分身であり、本当の姿(=全身)は宇宙そのものだったということを理解したからです。 この言葉が、本当の深みと喜びを持ってあなたの心に届く日が来ることを願っています。


                                                                     徳永 真亜基