分身主義 とは、科学が導いてくれたユートピアへの入り口です。その場所は、僕たちを苦しめていたあらゆる欲望や、あらゆる恐怖や、あらゆる争いから解き放たれる理想郷です。

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分身主義とは、究極の平和主義です。どこにいても見守ってくれている温かい眼差しと、しっかりとつながれた優しい手です。
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分身主義とは、科学が気づかせてくれた最上永遠なる愛です。
あなたが自分を愛することがみんなを愛することになり、みんなを愛することが自分を愛することになる世界です。
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星も、木も、草も、虫も、石ころも、机も、鉛筆も、この大気も、みんなみんな、この宇宙に存在するありとあらゆるものは、小さな火の玉からかれた(からだ)。
僕たちはみんな同じ素材でできている分身同士です。
分身同士だから、僕はあなたの分身で、あなたは僕の分身だと言ってお互いに喜び合えるのです。
ただ、その時には、あなた自身もあなたの分身であることを決して忘れてはいけません。
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分身主義は、たった一人だけの天才も、たった一人だけの落ちこぼれも、たった一人だけの英雄も、たった一人だけの犯罪者も作りません。
天才も落ちこぼれも英雄も犯罪者も、一人だけの力で作られるものではないことを知っているのが分身主義だからです。
天才も落ちこぼれも英雄も犯罪者も、それはこの宇宙に存在するありとあらゆるものの総力の結集で作られ、ありとあらゆるものの分身として、そこにいます。
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一人の人間が全ての環境に身を置くことはできません。
だから一人の英雄を称える時、分身主義では、「自分の代わりに、その環境の恩恵を授かり、その偉業を成し遂げてくれた分身さん」 というように考えて、彼を自分の誇りに思います。
だから、分身主義は嫉妬や羨望とは無縁の世界です。
誰かが悪いことをしたとしても、それもあなたやみんなの総力の結集なので、その人一人を責めることはしません。
「自分の代わりに、その環境の被害者として、その犯罪を犯してしまった分身さん」 と考えて、その人に救いの手を差し伸べます。自分が救われるために‥‥。
だから、分身主義は怒りや恨みとも無縁の世界です。
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分身主義は非科学的なこじつけでも宗教でもありません。れっきとした科学です。
ただし普通一般で言う科学ではなく、真の科学です。
分身主義などと言っていますが、これは個人主義という言葉にならってつけられただけで、何かの主義や主張や思想ではありませんし、分身主義者なる集団がいるわけでも、またそのような集団を作ろうとしているわけでもありません。
分身主義とは、科学時代を生きる世界中の全ての人々が持たなければならない、新しい「視点」です。これからの時代のみんなが、どうしても受け入れなければならない義務のよう なものなのです。
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分身主義は、個人主義にならってつけられたと言いましたが、個人主義をを否定するものではなく、むしろそれを拡大し、その欠点を乗り越えたものです。
つまり、自我の滅却ではなく自我の拡大です。
自我 (=自分という意識) の境界線が強いと、自己愛的な様々な人格障害に陥ってしまうこともあります。
自我の境界線が少しだけ拡大すると、「自分たちの側」 という境界線を引けるようになります。

その境界線は、自分の家族<自分の会社<自分の州<自分の国<自分の宗教、と拡大します。これらの境界線では争いや戦争が起こります。
もう少し拡大すると、「同じ地球人」 という境界線を引けるようになります。
ここまでの境界線なら、世界の平和と地球環境を守る意識が生まれます。

もっともっと境界線が拡大すると、「自分は宇宙に存在するあらゆるものの分身」 という考え方ができるようになります。
ここまで至ると、最上永遠なる愛の境地で、あらゆる苦悩から解放されます。
これを分身主義では、僕たちの心が育つと表現します。
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イメージで言えば、個人主義は、夏みかんの皮をむいて一房一房バラバラにして、ひからびさせてしまったのに対して、分身主義は、まだむいたばかりの、みずみずしい一房一房って感じです。
しかも、その一房一房は、宇宙という一つの皮で包まれていたことを知っている一房一房です。
「本当の個人主義とは、自分勝手ということではなく、個人個人を尊重する思想である」 と個人主義はうまい方便を使います。
でも、個人主義には、本当の意味で一房一房を大切にすることはできません。
それができるのは個人主義ではなく、むしろそれを拡大し、その欠点を乗り越えた分身主義です。
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分身主義は全体主義とも違います。
全体主義とは、個人は全体の部分であるという考え方をするものです。全体の利益を、個人の自由よりも優先するというものです。一見、いい社会が生まれそうです。しかしそれも方便で、個人主義的な僕たちが、いくら全体の利益を優先すると言っても、それはある個人の利益と結びつき、ファシズム(独裁体制)になってしまったりもします。
でも、分身主義は、個人は全体の部分という考え方をしません。
部分と全体が同じもの、同価であるという考え方をするものです。
ちょっと難しいですが重要です。例を挙げますので理解してください。
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例えば、車を作るという目的のためには、プラグやラジエーターやハンドルなどの部品が用意されます。
しかし、僕たちは、それとは違って何かの目的‥‥例えば、宇宙を作るという目的のために用意された部品ではありません。
部分が、たまたま、今ある全体を作っているんであって、決して全体を作るためにあらかじめ計画を立てて、用意された部分ではないですよね。
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今、縦・横・高さが1メートル(1立方メートル)の立方体の粘土があるとします。それが今この瞬間の宇宙だとします。
そこから、あなたの手で、グイッと好きな部分をくりぬいてみてください。
そのくりぬいた部分があなただとします。
あなたは、今までこの宇宙を作っていた部分でしたが、あなたを消失した宇宙は、1立方メートルに満たない宇宙に変化してしまいました。
1×1×1の宇宙は、あなたがいて初めて1×1×1の宇宙だったわけです。
だから、今この瞬間の宇宙の中では、あなたは部分でありながら同時に全体だったんです。
科学的に言えば、この宇宙全体の原子の総数は決して減りもしないし、新たに作られることもありません。それは化学の実験によって確かめられています。これを質量保存の法則(物質不滅の法則)と言います。この1×1×1の宇宙の中では、あなたはくりぬかれて消失するのではなく、リサイクルされて存在し続けることになります。

部分がそのまま全体であり、全体がそのまま部分である、という意味をおわかりいただけましたか!?
もし、部分が一つでも変化すれば、それは宇宙という全体が、今とは違う宇宙に絶妙に変化するというだけのことです。
要するに、部分が一つ変化したなりの全体になるということです。
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宇宙の中では、僕たちの分身が常に解体とリサイクルを繰り返しているので、その意味では、僕たちは、この一瞬一瞬、絶妙に違う宇宙の中で生きている、とも言えます。
宇宙が絶妙に変化しているということは、あなた自身が絶妙に変化しているということと同じ意味です。また、部分がそのまま全体であるということは、あなたが死なない限り、そしてあなたの中に 「自分」 という意識がある限り、次のように言うことも可能です。
「この宇宙は、私である!」‥‥と。
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今、あなたに究極の質問をします!
自分(自我意識)とは何でしょうか!?

それは、あなたの脳が 「これが自分であると信じているところのもの」 のことです。
あなたの境界線を持った肉体の中を走っている神経系の働きによって、あなたの脳が「これが自分である」 と錯覚したもののことです。
その錯覚は、道具やモノまでも自分自身であると錯覚することができます。
例えば、杖はその人の手の延長です。
眼鏡はその人の目の延長です。
自動車はその人の足の延長です。
それが錯覚である以上、その錯覚(自我意識)は、宇宙にまで拡大させる(心を育てる)ことも可能なわけです。
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もし、あなたが死んだら、脳が作っていた 「自分」 という幻想(=錯覚) が消滅するので、「宇宙は私」 という 「意識」 も消滅します。
だけど、その時消滅するのは 「自分という幻想」 だけであって、あなたの身体はリサイクルされて、この宇宙を作っている部分であり全体であることには変わりありません。

だから、あなたはこの宇宙がある限り永遠に生き続けるのです。形を変えて‥‥。
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ここまでは理解していただけましたか?
分身主義は非科学的なこじつけでも宗教でもありません‥‥と言いましたね。れっきとした科学です。
ただし普通一般で言う科学ではなく、真の科学です。
普通一般の科学と真の科学の違いは、人間を中心とした視点か、自然界を中心としている視点かの違いです。
難しい手続きは何一つ必要ありませんが、科学が導いてくれたユートピアへ立ち入るためには、まずは真の科学の視点で、自分探しをする必要があります。
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左の に進んでみてください(表示されていない場合はこのページの下のボタンからTOPページに戻って、探してください)。
そこに置かれている、 『人類の育てた果実』、『バラ色の素粒子』、『分身主義宣言!』、『分身主義の森を抜けて‥‥』、『自分という分身』 などを読んでみてください。科学とは縁がなかった人でも、現代科学がこの自然界をどこまで解明しているかという情報を知ることができるはずです。
それはそのまま、自分の本当の姿を知ることにつながっていきます。

『人類の育てた果実』 だけは、まだ分身主義という言葉は出てきません。科学という荷物をかついだ者と、愛という荷物をかついだ者とが、それぞれ別の地点から山に登り始めるのですが、最後には同じ頂上に到達する話です。分身主義の元になったものです。

また、『ブンシニズム・ドット・ネット』 という作品は、科学はちょっと苦手‥‥という方にも分身主義を感覚的にわかっていただくために、小説の形にしました。分身主義の夢見ている未来が見れます。
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結論めいたことを先に言ってしまえば、現代科学が解明している情報を突き詰めると、次の二点に集約されます。

1、この宇宙は、素粒子たちが自然界の法則というシナリオに基づいて演じさせられている劇場である。
2、その素粒子たちの振る舞いによって、長い年月をかけて作られた僕たちの脳は、個人の持ち物でもないし、個人の意識でどうにかなるものでもない。

この事実を知って全ての人がそれを受け入れた時、人類は、その向こうで両手を拡げて待っていてくれたユートピアに踏み入ることができるでしょう。
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ところで、科学が僕たちに貢献してくれたことは、何だったか考えてみてください。
人間を思うままに支配するための、恐ろしい兵器の作り方を教えてくれたことでしょうか?
神に代わってこの自然界を支配する、人類の偉大さ尊大さを教えてくれたことでしょうか?
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違います! 違います! 全くその反対です!
科学は僕たちに、人類は自然界の元では全くの無力であることを突きつけたんです。
科学は僕たちに、人類は地上の生物の中で最も弱いということを教えたんです。
初めは僕も信じられませんでした。そして信じようとしませんでした。
しかし、これこそが科学が導いてくれたユートピアへの入り口だったんです。
僕たちをあらゆる苦しみから解き放ってくれて、世界を平和にしてくれる場所だったんです。

今までの人類は自分たちを優れたものとみなし、強さ、健康、富を価値の最上位において生きてきました。神の姿さえも自分たちの似姿に作りました。
しかし今、その価値観が限界にきています。
もうこの価値観では、幸福も平和も手に入れられない時代になりました。
これからの人類は、自分たちの無力と弱さを直視する時代に入ります。
でも、逆説のようですが、その時人類は、本当の強さと、本当の健康と、本当の富を手にしたことに気づくはずです。

もう何も、恐れることはありません‥‥。僕たち分身を作っている宇宙という名の母なる海に、全身の力を抜いてその身体をゆだねてみてください。
溺れまいとして必死でもがいていたあなたは、ゆったりと自分の身体が浮く驚きを体験するでしょう。それを知ったあなたには、もう敵は何一つ存在しません。
科学が導いてくれたユートピアがあなたを待っているだけです。
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分身主義とは、科学が導いてくれたユートピアへの入り口です。
分身主義とは、科学が導いてくれたユートピアへの入り口です。
分身主義とは、科学が導いてくれたユートピアへの入り口です。
さあ、あなたも 『分身主義宣言!』 をしませんか? 全てを清算して、この場所から新しい人類の初めの一歩を踏み出しましょう!