世界を平和にする 「自己愛的生活」
NO.20 僕が癌になりたいわけ
2003.06.24

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        ≫≫ 今日の一言 ≪≪

  【僕という分身にだって、癌と共存して、
               人生を楽しむことくらいならできそうです




みなさん、こんにちは。徳永真亜基です。
唐突ですが、ダンゴムシって知っていますか?
カマドウマ(別名オカマコオロギ)やワラジムシと共に、便所虫などという不
名誉な異名で呼ばれている可哀相な虫です。

僕が幼い頃の便所は、バキュームカーのホースを外の蓋から差し込んで汲み取
る方式のものでしたが、その蓋の周りの日当たりの悪い辺りにいたので、確か
に便所虫と呼ばれるだけの根拠はあります。
そのせいか、僕はダンゴムシは汚い虫だというイメージがありました。
この年まで、ずっとそう思って生きてきました。
でも、便所虫だって僕の分身なんです。好きにならなくては‥‥なんて思って
いた矢先のことです。
図書館をブラブラしていたら、ふと目に留まった本がありました。
それは「かがくのとも」(福音館書店)7月号の、『ぼく、だんごむし』とい
うタイトルがつけられた絵本でした。

それによると、カルシウムを好む彼らの性質が、コンクリートの多い現在の都
市環境にもよく適応して、世界中に繁栄しているし、毒もなく噛み付かず触る
と丸くなるのが面白くて、子どもたちの人気者だそうです。
それに、本当は昆虫ではなく、エビやカニなどの仲間(甲殻類)で、少しの時
間だったら水の中でも生きていられるのだそうです。
ちょっと変わった脱皮の仕方や、赤ちゃんの育て方なんかも紹介されていまし
た。
そこには、便所の「」の字もありませんでした。
どうやら僕が彼らを嫌っていたのは、無知からくる偏見とイメージが原因だっ
たようです。

いろいろなことを知った僕は、なんだか僕の分身君が可愛く思えてきました。
僕が変わったのは、僕の脳というコンピューターの記憶に、ダンゴムシの新し
い情報が上書きされたからです。


ところで、今回は、もう一冊『がんと一緒にゆっくりと』(新潮社)という本
を読みました。
著者は、元NHKアナウンサーの方で、その頃のお名前を池田裕子さん、現在
のペンネームを「絵門(えもん)ゆう子」さんといいます。
平成12年の10月に癌の告知を受け、失意の底に突き落とされるのですが、持ち
前の明るさでついにはそこから立ち上がり、癌を「がんちゃん」と呼んで仲良
く「共存」していこうと決心します。

この「共存」という考え方が、癌を敵視して徹底的に攻撃するだけの西洋医学
から、彼女を一年二ヶ月も離れさせます。
そして彼女の向かった先は、民間療法、健康食品、東洋医学‥‥。
しかし、お金は湯水のごとく出ていくばかりで、身体は良くなるどころかボロ
ボロになります。

結局、嫌っていた西洋医学のお世話になることになるのですが、ところがそこ
で、西洋医学の中にも「癌と共存するという考え方をベースに、やった方がい
いと判断された治療だけを最小限に行なう
」という考え方の医者がいたことを
知り、大いに共感します。

この本から学んだ教訓については、次回で詳しく書こうと思います。
今は、彼女が到達した「共存」という考え方に興味があるので、そのことにつ
いて書きます。


二種の生物が互いに害を及ぼさず利益を交換して生活(=共生)をしたり、ま
たは、一方が利益を得て他方に害を与えたり(=寄生)しながら生活している
ことを「共存」と言います。

僕たちの身体の中を、どれだけたくさんの微生物が共存しているか知っていま
すか?
例えば、人の腸内だけでも100種以上、重さにして約1キログラムの微生物が
活動しています。
その数もなんと100〜200兆個、あるいはそれ以上とも言われています。

しかし、利害(利益と損害)の関係は、見る側の立場によって入れ替わるだけ
で、自然界にとっては利益も害もないわけです。

東京医科歯科大学、医学部教授の藤田紘一郎(こういちろう)さんは、寄生虫
などの研究をされています。
彼は、衛生的になった日本では腸内の寄生虫(回虫など)があまりいなくなっ
たけれど、そのせいでアトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギーが増えたと
言っています。
つまり、寄生虫がそれらを抑制してくれていたわけで、彼らは人間にとって悪
者とばかりは言えないということです。
藤田さんは「世の中のもの、自然界に存在するものは、必ず何らかの役割を持
っているはずで、人間が勝手に悪者だとか、無駄な物だとか決めつけてしまう
のは間違いではないか‥‥
」と言っています。
日本人はすぐ善悪を決めつけてしまいたがるけど、本来いいヤツ、悪いヤツ
というのはないんです‥‥
」と。

例えば、善玉コレステロール、悪玉コレステロールと言うけど、それは心筋梗
塞を起こすか起こさないかということで決めているのであって、実は悪玉とい
われているコレステロールに、人を男らしく、あるいは女らしくする性ホルモ
ンをつくる働きがあるということは、あまり知られていません。

世間では乳酸菌・ビフィズス菌など善玉の腸内細菌に比べて、目の敵(かたき)
のように扱われている悪玉菌ですが、実は免疫やビタミンの合成など人体に有
用な働きを持ち、腸内全てが善玉菌になると健康を損ねることにもなるようで
す。

それに、よく考えてみてください。
癌は人間の身体を宿主にして寄生するけど、宿主の養分を吸い尽くしたら宿替
えをするというものでもありません。
つまり、自分も死んでしまうんです。共倒れです。
本当に人間を食い物にするだけなら、そんな方法を選ぶでしょうか?
そんな彼らを、どうして根っからの悪者呼ばわりすることができるのでしょう。

このように考えていけば、善悪を決めているのは単なる人間の都合であること
がわかります。
自然界を中心に考えた時には、善も悪もなく、あるのはただ「共存」という状
態だけです。


さあ、「僕」とは一体なんでしょう?
『人類の育てた果実』や、今までこのメルマガやを読んできてくださった方は、
僕の言いたいことがわかってくださると思います。
「僕」を主張しているのは、僕の脳だけです。
つまり、僕とは、手でも足でも他でもない、この脳だけなんです。
脳の特徴である「記憶」というふるまいが、そんな意固地なもの(僕という幻
想)を作り上げていたわけです。
本当は、僕の中のたくさんの微生物も、そして、もっと言えば、この宇宙の全
てが、「共存」という状態にあるだけです。
この考えを拒否してきたのは僕の脳ですが、僕の脳はそれを受け入れることも
できるはずです。
脳の記憶の中に、現代科学が解明していることを上書きさせればいいんです。
それが、『人類の育てた果実』を齧っていただく意味だったんです。


話を戻します。
僕たちを恐がらせ不安にさせていたのは、癌の「イメージ」です。
僕の中のダンゴムシのイメージが変化したように、癌のイメージも回復させて
あげたいです。
癌細胞だって、僕の身近な分身さんですから‥‥。
きっと、「がんちゃん」とだって、仲良く共存してやっていけるはずです。
自然界は、適応しないことは一切しません。
僕の身体が自然界に適応していることを、がんちゃんを通して実感してみたい
んです。

それが実感できなければ、いつまでたっても中途半端に分身主義者を目指すだ
けで終わるような気がします。

分身主義は、他人の成功を妬んだりしません。一緒に喜びます。
何故なら、その人の成功は、自分の代わりに分身となって成功してくれている
という都合のいい考え方をするものだからです。
例えば、ジャニーズの人たちに対して、女性にキャーキャー言われるし、金持
ちだし不公平だ、クヤシー!
なんてこと絶対に思いません。
彼らは、僕にないものを持っていて、僕にできないことを代わりにやってくれ
て、それで世界に勇気と希望を与えてくれている僕の素敵な分身さんだ! と、
自分自身を誇る気持ちになるのが分身主義です。

でも、僕だって、分身さんたちに感謝ばかりしていないで、みんなに代わって
何かをしてさしあげなければ気がすみません。
こんな僕に何ができるだろう? と考えたら、忙しいみんなに代わって癌にな
り、癌と共存しながら人生を楽しめることくらいならできそうです。
そうして、癌闘病日記ならぬ、癌共存日記をつけて、インターネットに公開す
るんです。
あっちが痛い、こっちが痛くなった、でも、「痛み」は僕の身体が自然界に適
応している状態だと考えればなんか嬉しいし、癌や死を身近に感じる経験もで
きたし、たとえ財物にも健康にも見放されても、幸福でいられるということを
知りました、ってね。
いえ、財物にも健康にも見放されたその時こそ、本当の幸福に出会えるという
ことを知りました、って。
そのことを僕は身をもって証明したいんです!
共感は、死の恐怖よりも強い!」です。

癌の苦痛に勝る喜びを知ったなら、人生のほとんどの苦しみにも打ち勝てるは
ずです。



もし本当に癌になっても人生を楽しめることができたなら、分身主義が幸福に
なれる思想であることがはっきりすると思います。
口先だけで分身主義を語る人間なんかで終わりたくありません。
もしそれができた時は、「あなたも一緒に分身主義者を目指す人間になりませ
んか?」って心の底から勧めることができそうです。

だから僕は、いつか癌にかかって、みんなの代わりに楽しく死ねたらいいなと
願っています。
その時が来ても、決して狼狽(ろうばい)したり、ひがんだりしない人間でい
たいと思います。
だって、そんな必要なんてこれっぽっちもないんです。
僕が癌にかかって死んだって、それは僕の分身が死んだというだけの話で、僕
の他の分身(=全身?)は明るく生きていますものね。


だって、僕たちは一つだったんですもの d(^_−)−☆ネッ!







◆◇◆編集後記


あなたは、メールを出しても不通になってしまった友達がいて淋しい思いをし
たことがありませんか?
メールアドレスしか知らない友達(最近のインターネット事情では、結構あり
そうなことです)なら、向こうから変更通知をいただかない限り、もう二度と
連絡を取ることができなくなってしまうのです。
本当に、悲しいことです。


ところで、このメルマガを書き終えて、庭に降りて、大き目の石をそっと動か
してみました。
ああ、やっぱりいました。
ダンゴムシ君! 僕の分身君! こんにちはっ!

ダンゴムシ君は、会いたくなったらいつでもいてくれる分身君です。
今の僕は、彼を見て汚がったりしなくなりました。
むしろ、安心してホーッとため息をつきます。

それに彼は、ちっちゃななりして、なかなか人生の哲学者でもあります。
彼は教えてくれます。
ねえ、君。そんな深刻な顔すんなよ。嫌なことがあったら、僕のようにしば
らく身体をまん丸にしてやり過ごしちゃえばいいんだよ
」って。
ほら、そんなに肩肘張るなよ。しょせん僕らは、自然界の法則に動かされて
いるだけなんだよ
」ってね!

もしかしたら、彼はこうも言うかもしれません。
君のメールが届かないくらいで、がっかりすんなよ。僕らは、そんな形式的
なことで結ばれていたわけじゃないんだろう? どこにいようと僕たちはつな
がってるんだよ。過去から現在、そして未来へと続く時間的にも、そして、草
や石ころや海や星‥‥といった物質的にもね。
僕をジーッと眺めてごらんよ。きっとその真実がわかるはずだよ




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