世界を平和にする 「自己愛的生活」

NO.25 完全無欠の分身主義者とは?(2) 

2003.07.29

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        ≫≫ 今日の一言 ≪≪

  【脳の仕事は、まるでコンビニのように、24時間営業で
                     ひたすら「夢」を見続けることである




Q1、科学は、人間の眠る意味や目的を解明できるだろうか?
Q2、僕たちの身体(実体)が存在している場所と、脳の見ている幻想(現実)
   は、本当に同じ世界だろうか?



みなさん、こんにちは。徳永真亜基です。

前回、コンタクトレンズを巡るごたごたで「分身主義」がピンチに立たされた
ことを書きました。
分身主義は、彼ら(メーカーの人たち)の分身である僕に、彼らの杜撰(ずさ
ん)な管理に目をつぶり尻拭いをしてあげたくなる気持ちを要求します。

それで、僕の気持ちも収まり、争いも回避されるなら問題はないわけですが、
そのことにより、メーカー側の管理体制は是正(ぜせい)されないどころか、
人間に意志がないなら、一生懸命やってもしょうがない」と諦観(ていかん)
した従業員・研究員たちが、社会を腐敗させ堕落させることになってはいけま
せん。

分身主義がこのピンチから脱出する前に、分身主義というもの自体をもっと知
っておいていただかなければならないのですが、それで前回は、ビックバンか
らこの宇宙の全ての物が作られた、と考える現代科学の話を大急ぎでしました。
分身主義が生まれた根拠を聞いてほしかったからです。

> この宇宙に存在する全てのものは、同じ素材を何度もリサイクルして作られ
> ているわけで、全てのものがビッグバンから分かれた身(からだ)です。

> 僕たち人間の姿は、その素粒子の変化していく過程に見せる一時的な姿なの
> です。

> このビッグバン宇宙が100個の原子でできているとします。あなたを構成
> している原子はそのうちの3個だとします。あなたが死んで> もその3個の
> 原子は決してこの宇宙から消滅せず他のものを構成する原子になります(質
> 量保存の法則)。だからこの宇宙は、相変わらず100個の原子で構成され
> ている宇宙です。もし、このビッグバン宇宙からあなたを構成していた原子
> が消滅してしまったら、この宇宙は97個の原子でできた宇宙に変化します。
> だから、あなたは部分であると共に全体(つまり今のこの宇宙)を作ってい
> たということなんです。


これらのイメージによって、この宇宙の全ての分身が自分という分身とイコー
ルの関係である、という「分身観」が説明できると考えています。


でも、分身主義を根拠づけるものが、もう一つあります。
今日はその話から始めます。
とても大事なことなので、よーく聞いてくださいね。

その前に、あなたに一つ質問をします。
とんちでもなんでもないので、科学的に答えてください。
「人間は何のために、眠るのでしょうか?」

恐らくあなたは、「疲れた身体や脳を休めるため」などと答えると思います。
でも、それは科学的な答え方とは違います。
いわば、動物を擬人化して語るおとぎ話のような答え方です。
実は、この質問に答えられる科学者は科学者とは呼べません。
この自然界のあらゆるふるまいに、「意味」や「目的」は存在しないことを知
っているのが科学者だからです。
だから、この質問自体がナンセンスだったわけです。

科学は、眠るという結果を招いた「生理的な原因」はいくらでも突き止めるこ
とができます。
でも、眠る目的や意味を答えることは永久にできません。
何故なら、人間が眠ることに目的も意味もないからです。
そのことに目的や意味を見出そうとする、人間の脳の働きが存在し、物語をで
っちあげてしまうだけです。
これを『人類の育てた果実』では「意思(意志)的解釈」と名づけていて、そ
れは、科学を基盤とする分身主義にはそぐわないものとして批判しています。

のっけから、ちょっと難しいことを言ってしまいましたが、これも、分身主義
がピンチから脱出する前に、ちゃんと考えておかなければいけないことです。

さて、僕たちは眠るとみんな夢を見ます。
夢はまぎれもなく「脳の記憶が作る幻想」です。
これを疑う科学者は、まず一人もいません。
実体(身体)から解放されている分、脳の奥深くにしまい込まれている記憶
(潜在意識)とも容易に行き来ができ、深層心理の解明にも役立ちます。
空を飛ぶ夢を見る人が結構多いそうですが、実体から解放されているからそれ
も可能なんでしょうね。

そして目を覚ますと、そこを現実の世界と呼んでいます。
しかし、僕たちが呼んでいる現実とは何でしょうか? 
この現実は、誰にとっても同じに見えているのでしょうか?
僕はいろいろなところで言ってきました。
現実とは、脳が記憶に基づいて見ている幻覚のことである」と。
記憶は人それぞれ違うので、同じ現実の中にいても、現実は人それぞれ違いま
す。

つまり、現実とは、脳が夢から覚めて、もう一つの夢の中で見ている「夢」の
ことだったんです!
大事なことなので、もう一度繰り返します。
現実とは、「脳が夢から覚めてもなお、もう一つの夢の中で見ている“夢”の
こと
」だったんです!!
つまり、脳のやっていることは、コンビニのように24時間営業でひたすら「夢」
を見続けることだったんです。

通常の夢(dream)は身体という実体から解放された脳が見ますが、もう一つ
の夢は身体という実体に小判ザメのようにくっついた脳が見る夢なので、分身
主義では、これをremora dream(リモラドリーム)と名づけます。
remora=小判ザメ)

僕たちの身体という実体は、携帯のメールに夢中になって歩いていると頭をぶ
つけてしまう(つまり人間の意識の外の)電信柱と同じ世界に住んでいます。
でも、脳(ここでは実体としての脳みそのことではなく、脳の機能のことです)
は、寝ている時は夢(dream)の中に、起きている時はもう一つの夢(remora
dream
)の中に住んでいます。
脳は、身体や電信柱とは、明らかに違う世界に住んでいます。
僕たちが、連想したり、想像したり、思考したり、意見を交換したり、そして
意志の力でやり遂げようとしたりするのも、全てもう一つの夢(remora dream
の中で見ている「夢」なんです。

無意識で歩いていてもぶつかってしまうので、電信柱は確かに存在しているは
ずですし、それは世界にたった一つのものですが、人間の脳がそれを意識した
瞬間、それはもう人間の脳の見る世界(=現実)のものになります。
つまり、ぶつからないように意識された電信柱は、現実の元に引き寄せられた
幻想の電信柱です。
現実の中の電信柱とは、人それぞれの記憶が歪めて見ている電信柱なので、人
によって違う電信柱です。
でも、「電信柱」という言葉で会話が通じる理由は、お互いの記憶しているも
のが近似しているからです。

見えない昼間でも月は確実に存在していて、今この瞬間にも地球の潮の満ち引
きなどに影響を与えている月ですが、月は意識された瞬間、もう人間の脳の見
る「現実」の世界のものになります。
つまり、人それぞれの記憶が歪めた、それぞれに違う月を見ていることになり
ます。

僕たちは、意識しなくても存在している電信柱や月がいる世界を「現実」だと
思っているかもしれませんが、それは違います。
意識しなくても存在している電信柱や月は、言葉の存在しない世界とでも呼ん
だらいいんでしょうか。
それは「電信柱」や「月」という言葉を当てはめる以前の、要するに人間の意
識以前
の世界なんです。

太陽だって、それは言葉というものを操る人間が意識する「太陽」とは違う実
体の世界に、そう、46億年前にすでに存在していました。
それは、「太陽」という「言葉」を当てはめようとしたとたんに、もう、その
世界のものではなくなってしまう大変デリケートな存在です。
僕たちは、太陽の話をしている時でも、誰一人として太陽そのものの話をして
いません。
自分の記憶の中の、太陽に最も近いイメージのものの話をしているだけです。
お互いの記憶が歪めた「太陽」のイメージが近似しているから話が通じるだけ
です。
太陽そのものの話なんてしたら、一瞬にして灼熱に溶けてしまいますから。

その、幻想の世界(=現実)と実体の世界を、僕たちは今まで一緒くたにして
きたんです。
意識した電信柱と、意識されなくても存在する電信柱が違う世界のものなのに、
それを同じ電信柱として扱ってきました。

前回のメルマガで、僕は「人間には今まで使われていた意味での『意志』はな
」と断言しました。
僕たちが今まで「意志」と呼んでいたものは、この、違う世界の物事を一緒く
たにして考えてしまうのと同じような、あやふやな使われ方をしていた言葉だ
ったんです。
では、今まで使われていた意味ではない、科学が指し示す意味の意志とは、ど
のようにイメージすればいいのでしょうか?

僕たちの脳は、寝ても覚めて(?)も果てしなき夢の中を、いつも彷徨(さま
よ)っていて、決して目を覚ますことはありません!!
イメージしてみてください。
実体から解放されて自由自在に飛び回っていた夢(dream)から覚めた僕たち
の脳が、今度は身体という実体に小判ザメのようにくっついて、その身体が五
感を通して触れる様々な分身たちの中を、縦横無尽に泳ぎまわっている現実と
いう名の「夢」の姿を。
つまり、普通の夢(dream)は一人の人の脳が見るものですが、現実という名
のもう一つの夢(remora dream)は、五感を通してつながっている分身みん
なが見る夢とも言えます。

これが初めに書いた、分身主義を根拠づけるもう一つのものです。
僕たちの脳は、決して個人の自由になる持ち物なんかじゃなく、五感を通して
つながっている分身たちの中を縦横無尽に泳ぎまわっている
もので、それによ
って僕たちの脳の中の記憶もお互いに近似してくるので、なおさら、もともと
はみんな一つであると考える分身観を強く意識することができます。

これが僕たちが「現実」と呼んでいたものの正体だったんです。
「意志」と呼んでいたものも、このもう一つの夢(remora dream)という現
実の見ているものだったと考えられます。
わかりづらいので例を挙げます。


中国の思想家、荘子の、『胡蝶の夢』という故事を聞いたことがあると思いま
す。
彼が蝶になって、花の上で百年近くも遊んでいた夢を見てから目覚めた時、自
分が夢で蝶になったのか、それとも今、蝶が夢の中で自分になっているのかわ
からなくなったという話です。
でも、これはあながち理解できないことでもありません。
彼が蝶になったのは「dream」の中ですが、夢から覚めて「自分が夢で蝶にな
ったのか、それとも今、蝶が夢の中で自分になっているのか、わからなくなっ
」と考えているのは、まだ覚め切っていない現実という名の夢「remora
dream
」の中です。
脳は寝ても覚めても、夢を見ているわけですから、「目覚めたと思っていても
実は、蝶が自分になっている夢の中」であるかもしれないと感じることは、ま
ったく不思議でもなんでもないことなんです。


僕はよく、自分の見た夢(dream)を覚えています。
子供の時、前夜の夢を覚えていて、3日間、その夢の続きを見続けることに成
功したことがあります。
しかも、夢の中で「ああ、これは夢だな」と感じていて、夢の中の事態が思わ
しくない方向へ進みだすと、夢の中で脚色をしたりしながら、夢を楽しむこと
ができるようになりました。
取りあえず、これを夢のエキスパートと呼んでみます。
だけど、「脚色をして夢を楽しんでいる」自分も、実は「脚色をして夢を楽し
んでいる」夢の中
であることには気づかないでいます。
何故なら、「脚色をして夢を楽しんでいる」自分に、幽霊が迫ってきたら夢の
中で大声で叫んで、その声に目を覚ましたりしているからです。(笑)

つまり、「脚色をして夢を楽しんでいる夢」を見ていただけで、決して夢の外
から夢を操作していたわけではないんです。
また、脚色という行為も、脳の記憶が複雑化することで作られた「合わせ鏡的
効果」が作っている夢です。

そして、ここが大事なところですが、僕たちの脳が見ている「現実」も、それ
とほとんど同じものだったということです。
要するに、「意志を持って夢を操作している夢」を見ているだけなんです。
つまり、「意志」というのは、脳の記憶が複雑化することで作られた「合わせ
鏡的効果」が見させる夢
のことです。

夢(dream)のエキスパートは、「脚色している夢」という夢を見るようにな
るのと同じで、現実という夢(remora dream)のエキスパートである僕たち
人類はみんな、その夢の中で「脚色している夢」を見ることができるようにな
ったのです。

それが身体(実体)とくっついているので、身体(実体)に影響を与え動かす
ことができるんです。
僕のいつも言っている「幻想は実体を変化させる」という意味です。

今では現実という夢(remora dream)を「脚色している夢」を見れるようにな
ったエキスパートな人類ですが、それはあくまでも夢の外にいるわけではあり
ません。
やっぱり普通の夢(dream)と同じように自分の「意志」で見ていたわけでは
なく、「脳の記憶」に見させられている夢に過ぎません。

ところが、僕たちは、普通の夢(dream)は、自分の意志で見ているわけでは
なく脳の記憶が見させている、ということを受け入れることができるのに、現
実という夢(remora dream)も自分の意志で見ているわけではなく脳の記憶
が見させているだけ
、という事実を受け入れることができないでいます。

どうか、世界中の分身さんたち、それを受け入れることから始めましょう!!

僕たち人類は、果てしなき夢(remora dream)の中で、宗教を作らされたり、
芸術を発想させられたり、文学を熱く語らせられたり、哲学をさせられたり、
政治活動をさせられたり、泣いたり笑ったり怒ったりと、あらゆる精神活動を
させられ‥‥ているに過ぎないんです。
誰一人として、自分の力で、自分の意志で、それをしているんじゃなかったん
です!!

僕たち人類は、夢(dream)から覚めて、現実という夢(remora dream)の中
で生活していますが、これからは、その夢が、現実という夢を見ていただけと
いうことを自覚する新しい意識の世界に入る必要があります。

僕がいつも、このメルマガを書いている僕は単なる媒体で、書かされているだ
けに過ぎないと言っているのは、それを自覚しようとしている努力です。
つまり、僕が書いているのではなく、五感を通して分身たちの間を縦横無尽に
泳ぎまわっている身体という実体が、記憶を生業とする脳に働きかけて書かせ
ている
わけです。

この分身主義の思想こそ、僕たち人類が傲慢さから解放され、自然界に身体を
ゆだね、共感という真の幸福を手に入れるために必要な思想です。
それはきっと次のような世界への入り口を指し示してくれます。

 
 降るべき時に雨が降り
 照るべき時に太陽が照り
 吹くべき時に風が吹き
 全ての生命たちがのびのびと
 その生命の希望どうりに
 生み育てられる永遠の楽園
 自然と人に対立はなく
 人々の中には争いも
 悩みも病気もなく
 生と死の本当の意味を知っているから
 死を恐れることもなく
 それぞれ全ての人が
 その人らしく無理なく
 笑顔で毎日暮らす
 何の曇りもない平和の浄土
 幸福だけの約束の地
 目の前に浮かび上がる調和の星
 愛が息づく美しい地球
 あなたはわたしだったんですね

 (『そうだったんですね』(JUNさん作)より抜粋)


どうか、どうか、世界中の分身さんたち、僕と一緒にその新しい世界への扉を
開きましょう!
いえ、正確に言えば、「そんなふうに脚色する夢」を見させられましょう!
その方法は、あなたの脳が、人類の育てた果実の味を記憶させられるだけでい
いんです!!


ああ、本当にごめんなさい。
今日も、「ピンチから脱出」する時間がなくなってしまいました。
それどころか、現代科学は、自然界のあらゆるふるまいに「意味」も「目的」
もないと考えるとか、人間に「意志」などというものはないと考える、などと
強調しただけで終わってしまいました。

これでは、現代科学が導いてくれた「分身主義」の首を、ますます絞めてしま
っています。
でも、本当はこれらの自分の首を絞めているものこそ、ピンチを救ってくれる
最大の道具だったんです。
次回は必ず、分身主義の立たされたピンチから脱出して見せます。
みごとな縄抜けの術をお見せいたします。






◆◇◆編集後記


今日は、たくさんの言葉が出てきました。
幻想、幻覚、現実、もう一つの夢「remora dream」、過去の記憶によって歪
められた世界、‥‥みんな同じものを違う言葉で言い換えているだけです。

ところで、これを読み終わったら、物知りを鼻にかけているようなあなたの知
り合いに、次のように聞いてみましょう。
「ねえ、リモラドリームって知ってる?」
彼(彼女)は、「ああ、なんか聞いたことある。なんだっけ‥‥?」
って言うかもしれません。
人によっては「なんだっけ、蝶だか蛾の幼虫のお化けだっけ‥‥?」
って言うかもしれません。
でも、知ったかぶりをする彼(彼女)を非難してはいけません。

僕たち人間はみんな、自然界の法則というシナリオに基づいてドラマを演じさ
せられている(後押しされている)役者に過ぎないんですから。
人間が意識した(気づいた)この自然界のドモラ‥‥じゃない、ドラマは、も
ちろんリモラドラマです。(ああ、いい加減、こんがらがってきました)



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